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届かない、その祈り 6

Author: 花室 芽苳
last update Last Updated: 2025-10-15 21:04:30

「今夜は紗綾《さや》さんを私が独り占めしていいんですよね、御堂《みどう》さん?」

 御堂さんたちが二人で眠るはずのダブルベッドの上で、私は紗綾さんに抱き着いている。友達宣言の後、私は主任の事を遠慮なく名前で呼ばせてもらっている。

 御堂さんは私に紗綾さんの隣を譲りたくないようで、部屋の端のソファーでいまだこっちを睨んでいでいるが……

 紗綾さんと一緒に一夜を過ごす、これは私と御堂さんが正々堂々とした勝負で得た権利だから気にしない。

「もう御堂さん、諦めが悪いですよ? 紗綾さんとはいつも一緒に眠ってイチャイチャベタベタ出来るんですから今日くらい私に譲ってください」

 遠回しに御堂さんに向かって「部屋を出て行け」と伝えてみるが、御堂さんはピクリと眉を動かすだけで……

 言われたから大人しく「はい」なんて可愛いタイプでもない御堂さんは、ソファーに肘をついたままの体勢のまま言い返す。

「横井《よこい》さんは空港から降りて、紗綾を散々独り占めしてると思うが?」

 バチバチと音を立てて睨み合う私と御堂さんに、困った表情を浮かべる紗綾さん。結局彼女をめぐる二人の勝負は深夜まで続いていた。

 勝者は……もちろん最後まで紗綾さんのから離れなかった私に決まっていたようなものだけど。

 紗綾さんと御堂さんと過ごした二日間は、本当にとても有意義な時間だった。

 二人の出発を空港で見送り、帰りの電車の中でスマホを確認すると三件の新しいメッセージ。

 一件は昨日と同じように心配性な伊籐《いとう》さんからで。

『ちゃんと見送り終わったか、泣きながら帰るなよ?』

 なんて、私が寂しがらないようにそんな言い方するんだろうな。この人は本当に捻くれていて面白い。

 だけどもう二件は、今一番の悩みの種の梨ヶ瀬《なしがせ》さん。紗綾さんたちに相談に乗ってもらっても、まだ自分の中でどう付き合っていけばいいのか分からないまま。

 恐る恐る、梨ヶ瀬さんからのメッセージを開くと……

『明日から、よろしくね』

 それだけか、と安心して二つ目のメッセージを開いて固まった。あまりに色々あり過ぎて、記憶からすっかり消え去っていた。

 いいえ、このまま消えていて欲しかったのに……

『鷹尾《たかお》がダブルデートの日を早く決めたいそうだよ、ちゃんと眞杉《ますぎ》さんに聞いておいてね?』

 しっかりと覚えているところがこの人ら
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